千虫譜ウィキ - 原本A1-12


原本B

生物情報

ニホンミツバチ

翻刻

枝上ニ蓋ヒ置キ下ヨリ竹葉ニテオフトキハ皆其中ニ入ル一蜂入ルトキハ
衆蜂尋テ皆入ル是ヲ採下シテ仰キ置キ其上ニ箱ヲ蓋ヒテヌグイニテ
裹ミ一夜ヲク寸ハ皆箱中に上リ入ルトナリ
蜜蜂ノ巣ヲ截採ルニ時アリ秋ノ土用明ケテヨリ採リテ宜シトス大
抵其蜂ノ多寡ヲ見或ハ其巣ノ軽重ヲ試ミテ見計ヒテ採ルヘシ
大抵半分ハ残シ半分取ルベシ三分一ヲ残シテハ蜂多ケレハ春月
マテノ粮不足ノ事モアルベキナリ其年ニヨリ雨天ツゝクカ又ハ風
アラク吹寒威早ク至リテ花ノ少キ年ハ巣ノ孔ニ蜜ヲツメヌ
事アリ空巣カラスト云蜜ヲツメタル巣ヲ飴巣ト云此空巣は用
捨ナク取去ベシコレヲ截採ルニ器アリ銕ニテ作ル一尺六寸*1
サキ巾一寸三分*2刃アリ箱ノスミノ処ヲツキ切ルモノヲ突切ツキキリト云
又鍬ノ形ヲナスモノコレモ柄ノ長サ一尺六寸*3サキ刃アリコレモ一寸
三分*4アリイツレモ木ニテ柄ヲツケ握ルニ便トス又此形ニテサキノト
カレルモノアリコレモ端ノ曲レル処ヨリ尖ル処一寸三分*5アリ以上ニ
本ヲ掻切カキキリト名ツク其外ニ庖丁と云モノ今俗に薄刃ウスバト云モノゝ如
シ此物専ラ用ヲナス凡ソ巣ヲ截採ルニハ秋ノ土用後七日八日
十日頃ニヨロシ天気快晴ノ日中ニ宜シ大抵月初メ十日頃ヨリ廿
日頃マテアシゝ月夜ナレバナリ廿四五日頃ヨリ翌月五六日頃マデ
截採ルニヨロシ暗夜ナレバナリコレ如何トナレバ月夜ハ夜中遊ヒテ
花巣ノマゝニ置ナリ暗夜ニハ花巣少クシテ蜜多シ花巣トハ花
中ノ黄蕊ヲ房孔内ヘツメテコレヲ醸ス事ヲセズ只黄粉のマゝニテアル
モノヲ云闇夜ハ夜モ外ニ紛レ遊ブ事ヲセズ夜中専一ニ巣ニツキ居
テ黄蕊ヲ蜜ニ醸成ス事多シト云此説古人ノ未識処ニシテ先輩
書冊ニモ載ザル処ナリコレ南紀公西園中ニ養畜スル処ノ蜂蜜
ヲ截採ヲ親ラ観ル其時庭方隆蔵ト云モノ語ルヲ聞ルマゝヲ
珍事ナレハコゝニ記ス
其蜂ノ堂ノ扉ヲ開キ右ヲ切ントスルニ右ノ方箱ノ上ヲ軽ク敲クニ

書き下し

現代語訳

枝の上におおうようにおいて、下から竹の葉で追ってやると皆其の中に入る。一匹蜂が入れば
他の多くの蜂もその蜂を訪ねるように皆入っていく。これをとって、表にかえして置き、其の上を箱で多い、手拭いで
つつみ一夜をけば、皆箱の中に上り入る。
蜜蜂の巣を取るのには時期がある。秋の土用*6が明けてから取るのがよい。
大抵半分は残して半分をとるべきである。三分の一だと、蜂が多い時、春まで
食料が不足する事もある。その年により、雨が続いたり、風が
荒く吹き寒さが早く来て花が少ない年は、巣の孔に蜜を詰めない
事があり、空巣という。蜜を詰めてある巣を飴巣という。この空巣は取り去る。
巣を取るにあたり、道具がある。鉄で作った60cm程度
で先の幅5cm程度の刃がある。箱の隅を突き切る物を突切ツキキリという
また、鍬の形をしていて、柄の長さが60cm程度先に5cmほどの刃があり、
どれも木で柄をつけて握るのに便利にしている。またこの形で、先のとがっている
ものもある。端の曲がっている所から尖るところが5cmほどある。以上の二本を
掻切カキキリと名がついている。その外に庖丁というもの、今俗に薄刃ウスバという物の
ようなものが、もっぱら用いるものである。だいたい巣を取るのには秋の土用のあと、七日八日十日頃
がよい。天気快晴の日中がいい。大抵月初め十日頃から、二十日頃までよくない。
なぜかというと、月夜なので、蜂が夜中遊びに出て、花巣のままにしておく。
暗い夜は花巣が少なくて、蜜が多い。花巣とは、花の中の花粉を房の孔に詰めてこれを醸す事をしないで
黄色い粉のままにしてあるのを言う。闇夜は夜も外に紛れて遊ぶことはしないで、もっぱら巣にいて
花粉を蜜に醸す事が多いという。この説は、古い人の知らない事で、
先輩の本にも載っていなかった。これは南紀州西国中で蜂を飼い巣を採集するのを自ら観た時、
庭方隆蔵という人が語るのを聞いたまま珍しい事なのでここに記した。
その蜂の堂の扉を開き右を切ろうとするときは右の方の箱の上を軽く叩くと

備考

ここまでの記述で、本草家の間でも、蜂蜜は米から酒を造るように、
ハチが何らかの労力をかけて作る物だと、とらえている事がわかる。
特に、庭方隆蔵の「米から酒を造るように花粉から蜜を作る。
月夜は蜂が遊びにでかけ、蜜づくりをさぼるので、花粉が多い、
闇夜は遊びに行かず、蜜づくりに専念する」という内容の伝承は面白い。
なお、花粉は蜜とともにミツバチの主食であり、
決して花粉を蜜に変えている訳ではない。