蚕―和名抄
*1ではカヒコ、関東ではヲコといい、
三月清明後
*2タネガミ
*3から生まれる事が、おそかれ早かれある。
大概辰巳
*4の時に、わずかに一分
*5程度黒っぽい茶色で頭がケシ粒のように黒く光るものが出てくる。
蟻とも、䖢というものはこれである。このタネガミを冷たい水に浸したり、雪に暫く埋める事がある。
とても質がよく、糸が強いという。桑の若葉が出る前に小さなカイコが生まれれば、食べ物に困るので
出てこないように見合わす事がある。此時はタネガミの角に糸を通して風のとおる所に
つっておく。風によって乾き、卵から生まれる事がない。桑の若葉がよく育つのを見て、天気
快晴の日、早朝飯櫃のふたの上に右のタネガミをそっと置いておけばたちまちカイコが
卵からかえる。桑の若葉を新刀
*6で細く刻み置き、カイコがのぼってきたら
*7鳥の羽
で払い落とすよう。大きくなるにつれ色が変わる。五六日で長さが二分
*8あまりになり、ちぢまること
がある。葉を食わず、頭を上げて眠るようになる。これは第一眠という。一昼夜して、口のあたりが
裂けてようやく古い皮から脱皮する。キヌを脱ぐという。色が白く美しい。半身以下
は葉について、半身以上は立って暫く動かない事がある。これを起という。これを中国では一
記という。長さ三分
*9ほど、また九日もすると長さ四分
*10になり最初の様に眠起する。
第二眠である。此時長さ四分
*11ほどで、また十四日して長さ七分
*12になり眠起する。
これが第三眠である。この時長さ八分ばかり
*13十九日になって長さ一寸ニ三分
*14になり、
色白くかすかに黄色く光がある。初めのように眠起する。これが第四眠である。中国では
大眠また停眠ともいう。この時長さ一寸四分
*15ばかり。右に図したように、二十七日に
なって、長さ二寸三分
*16ぐらい全身青白くツヤがあり、黄褐色の細かい斑模様がある。
横九節あり、第一節は長く、頭上に両眉のような形があり、左右に小さな足が三対。
また、褐色の三節の上前の方によって、黒い斑模様(本文参照)如く紋を判でおしたようにある。六
七節の下に左右に大きな脚が各四対ある。端は疣のように平たく、九節の上に
肉の刺が一つある。まるでヤマイモの虫の刺
*17のようである。尾
*18は、端がわれて平たく両方より枝
葉を挟みしがみつく様子は脚の働きをしているようで、はなれない。短い毛が生えている。
オスは色形はこのようであるが、雌は短く太めで色が暗く斑紋もはっきりしない。
もっとも大きく限界まで育ったものは、桑の葉の厚く堅く深くえぐれた物の連なる枝を
その上におおっておいておけば、たちまちうつって、すぐに食べつくす。その葉を咬む音は風雨が木の葉を
うつかのようだ。この時十分に桑を食って満腹する。故に腹の内の緑色がすけて
碧色にみえるが、皮が白くて青色の上に白い絵の具を塗ったように見える。その後頭を上げて
絶食する。喉下三四節とだんだんに透けていき、コハク色になるのを、よく取り上げて
ためすのを、喉あかるくなると俗にいう。奥州
*19ではひきるという。その(――次ページに続く