千虫譜ウィキ - 原本A2-62


原本B

生物情報

翻刻

海老洞穴ハ毛利矦領分長州清末キヨス海中所産ニ〆其地方
言ナリ蝲蛄サシカニノ異品ニシテ雌雄一所ニ居テ巣ヲ造ル其
中ニ棲ム巣ノ上下ニ竅アリテ出入ス故ニ此称アリ此
巣の質ハ海綿ノ如シ蛮名スポンギウスト云モノニ似タリ芋麻糸
ニテ織成スモノヽ如し軟ニシテ手ザワリヤワラカ俗云メリヤスノ如シコヽニ
図スル細カキ圏点ノ処ハ蓋ク小円ノ竅ナリ上端に絮アリ
細毛絨銀色ヲナス試ニ火中ニ投入スルニ焼焦スル
事ナシ質火浣布ニ似タリ是又人識サルモノナリ
一体形糸瓜絮ノ如シ故ニ海ヘチマト呼フ
此海ヘチマハ薬品會ニ出ル事アリテ偶見ルモノナ
レ共蝲蛄ノ造レル巣ナル事ヲ知ラズ今茲ニ親
シク目撃シテ始テコヽニ一識ヲ博フス此モノ文政壬午秋参欧堀田     ヲモテ
矦恵贈セラルヽモノナリ
 栗丹州誌                             ウラ
海ヘチマ
海中産サリカニノ造成スル所ノ
巣ナリ或云海中ニ此物生〆後ニ
エビ雌雄来テ寄居〆我室トス
此エビヲ寄生蝦ヤドリエビト云空殻ノ螺中ニ
宿ヲ假借スル寄居虫ト其意
同シト云ヘリ此巣ハ此雌雄ノカニ
ノ作レルモノト云へ共顧フニ此小蠏
ノ巧ニアラサルヘシ友人芝陽ニ見
セ許スル蝲蛄サリカニ異品ト云ヘリ

書き下し

現代語訳

海老洞穴は毛利家領土の、長州*1清末キヨス海中に産して、その地の方
言である蝲蛄サシカニの異品で、雌雄が一所に居て巣を造り、その
中に住む。巣の上下に穴があって、出入りするので、この名がある。この
巣の質は海綿のようで外国語でスポンギウスというものに似ている。芋麻糸*2
で織った物のようだ。手触りは柔かく、俗にいうメリヤスのようだ。 軟ニシテ手ザワリヤワラカここに
図した細かい、丸の所は、多分、小さい円の穴である。上端に長い糸があり、
細毛糸が銀色をなしている。ためしに、火中ニに投入じると、焼け焦げる
事はない。その性質は火浣布*3に似ている。これは、又、人が知らないものである。
一体の形はヘチマに切れ目がないようである。ゆえに、海ヘチマと呼ぶ
この海ヘチマは薬品會*4に出る事があって、偶々見た物
だけれども蝲蛄の造る巣である事を知らない。今ここによく
見てはじめて、ここに一識ヲ博フス*5此モノ文政壬午*6秋参欧堀田*7     ヲモテ
矦が贈られた物である。
 栗丹州誌                             ウラ
海ヘチマ
海中産ザリガニのつくりあげる
巣である。或いは、海中にこの物生じてその後に
エビの雌雄来て寄居して、我室とする。
このエビヲ寄生蝦ヤドリエビという。殻の巻貝の中に
宿を借りるヤドカリとその意味は 
同じといえる。この巣は雌雄のカニが
作ったものというが、かんがえるに、小エビの
つくったものではないだろう。友人芝陽*8に見
せつまびらかにする。蝲蛄サリカニ異品ト云えるだろう。

備考