千虫譜ウィキ - 原本A3-52


原本B

生物情報

翻刻

(右頁)
紫■*1 音鑛 蛮産ナリ綿臙脂シヤウエンジヲ染ル虫ノ名ナリ蛮名コーセニルレト云其状ハウ
ヱークロイクニ似タリ 木虱の類ラ云 全体尽ク紅紫ノ血液ヲ含ム多取リ壓搾
液汁ニテ片作綿子ヲ染ナスモノ画匠今日用ユル処ノ生胭脂ト呼モノ是
ナリ此虫亜墨利加州 南印度極熱ノ国名ナリ ヨリ産ス無花果ニ似タル樹上生スト云俗ニ此
虫ノ液汁ニテ鐘状紙ヲ染成ト云傳フ明和初年蛮人将来ノコーセニルレ五
七個ヲ浪華蒹葮堂ヨリ贈レリ其状豇豆半粒
ノ大ニ〆背ハ微ク高ク起リ肚ハ微ク凹ニ〆全形
扁ク木虱アリマキニ似タリ横文蜚虫ノ如シ色紫黒
ニ〆皺文ノ間白ク光リアリ銀粉ヲスリコミタ
ルニ似タリ其一個ヲ小碟子ニ入レ白湯ヲ三分一
許澆入レハ虫身ヨリ深紫紅色ノ液汁出テ鮮
血ノ如シ針尖ヲ以テ虫殻ヲ去リ緩火ニ上テ極テ
上好ノ■*2色ニ用ラルヽ胭脂トナル真ニ奇物ナリ
其後此上品ナルモノ舶来ナキ欤見アタラズ今舶
来アレ共至テ下品ニ〆形小扁ニ〆青黒微ク鉄色ヲ帯
フ此モノ入尓瑪泥亜セルマニア国中ホレイゴニユムノ地方シントヤ
ンノ邊ノ樹下ニ於テ取ル赤虫米粒ノ如シヨハンニスブル
ードト云是ヲ以テコーセニルレナリト詐称〆貿易スコレ亦

(左頁)

一種ノ虫卵ナリ日光ノ暖處に置遂ニ生育〆羽アル虫ニ変化スト云此虫ノ造処ノ
巣木枝ニ巻付テ生ス赤ク透明堅硬ニ〆松脂ノ如クミユ形虫蝋ノ木ニ着生ルカ如シ俗
云紫梗薬舗俗ニ花没薬ト呼モノ是ナリ時珍謂之蟻漆赤
絮者ナリ薬用ノ麒麟竭ハ乃此虫ヲ産スル紫■*3樹ノ脂
ナリト云
一ニ云蘭名コンセニリイン羅甸コン子ルラ生活ノ時細小八
足アリテ蠕動スブルードローセノ小虫ナリ此説貯血ト云
事凢蚊虻類ヲ指テ云覇王樹サボテン上ニ産ス此虫ノ紅汁ヲ以テ
猩々絨ヲ深ルト云
蛮名ゴムラツカ又云フロレンテイトテツカ
         地名     凝脂ノ事
蛮説ニコシ子ルラノ虫此巣ヲ作ル事ナシ逈別物ナ
リトス

書き下し

現代語訳

(右頁)
紫■*4 音鑛 欧米産である。綿臙脂シヤウエンジ*5を染める虫の名である。では、コーセニルレという。その形ハウ
エークロイク*6に似ている。 木虱*7の類ヲいう。 全体くまなく紅紫の血液を含む。たくさんとって、つぶして絞り、
液汁にして少しの綿を染めるもの。画匠が今日用いる生胭脂と呼ぶものは、これ
である。この虫は亜墨利加*8州 南インド*9とても暑い国の名である。 でとれる。イチジク*10に似た樹上に生息するという。俗にこの
虫の汁で猩々紙*11を染めると言い伝える。明和初年*12西欧人が元来のコーセニルレを五
七個を、浪華の蒹葮堂*13から贈られた。その形は豇豆*14半粒
の大きさで、背はわずかに高く起き上がり、腹はかすかにへこみ、全体
平たく木虱アリマキに似ている。横の文は蜚虫*15のようだ。色は紫黒
で皺文の間に白く光がある。銀粉をすりこんだ 
様に似ている。其一個を小皿に入れて、白湯を三分の一
ほど、注ぎ入れると、虫の体から深紫紅色の液が出て鮮
血のようだ。針の先端で虫の殻をとって、とろ火にかけて、たいへん 
上等の彩色に用いられる。胭脂になる。本当に珍しいものである。
その後、この上等なものは、舶来する事がないのか、見あたらない。今回、舶
来があったけれども、下級品で、形は小さく平らで、色は青黒くわずかに鉄色をおび
る。このもの、入尓瑪泥亜セルマニア*16国のホレイゴニユム*17ノ地方シントヤ
*18の辺りの樹木から採る赤い虫で米粒のようだ。ヨハンニスブル
ードという。これをもって、コーセニルレであると、詐称して貿易する。これはまた

(左頁)

一種の虫の卵である。日光の暖かい所に、おいておくと、生育して、羽のある虫に羽化するという。此虫のつくる
巣は、木枝に巻き付いて、生じる。赤く透明で硬く松脂のように見える。形は虫蝋*19が木についているかのようだ。俗に
いうには、紫梗。薬屋が俗に花没薬と呼ぶものがこれである。時珍*20がいうにはこれは、蟻漆赤
*21である。薬用の麒麟竭*22はこの虫が作る紫■*23*24の脂
であるという。
一にいう、オランダ名コンセニリイン。ラテン名コンネルラ。生活の時は細かい八
*25あって、うねうね動く。ブルードローセの小虫である。この説、貯血と言う
事およそ、蚊虻類をさしていう。覇王樹サボテン上に生息するこの虫、紅色の汁をもって
猩々絨をそめるという。
欧米の名、ゴムラッカ*26又はフロレンテイトテッカ*27
           地名     凝脂ノ事
欧米の説によると、コシネルラの虫はこの巣を作る事がない。全くべつもの
であるとする。

備考

多数の昆虫由来の赤色染料について触れている。
右頁は南アメリカのウチワサボテン属につくコチニールカイガラムシ、
左頁は東南アジアのコックスラッカ(ラックカイガラムシ。イチジク属の木につくのはこれ。)
の分泌物の塊
ゼルマニアの下級品といわれるのが、ケルメスカイガラムシで、
A3-28に記載されるものと思われる。