翻刻
弘賢曰これらすゝむしをよめるうたのいとふるきなりしかるにふりたてなと
いへる詞のかけ合なきなり
源氏物語鈴虫の巻
おほかたの秋をばうしと見しるともふりすてかたきすゝむしの
聲
こころもて草のやとりをいとへともなをすゝむしの聲そふり
せぬ
すゝむしの聲のかきりをつくしてもかなかきにあかすふるなみた
かな
弘賢曰これらのうたよりしてふるというふ詞をよみ合せたりこれにも名
義の沿革をしるへきなり
堀河院御百首
虫 国信
みかりするかたのゝ野へのすゝむしの恋する聲やふりたてゝなく
夫木和歌集巻だい十四虫
□六帖すゝむし 民部卿為家卿
いそくとてよる山すくるたひ人のふりやすてけん鈴虫の聲
正治元年部□歌合 民部卿為家卿
ふりたてゝならしかほにそきこかほにそきこゆなるかくらのおかのすゝむしのこへ
弘賢曰これ分よりして後のうたはみなおなしさまなり
薩摩国人話云豊臣太閣の髭を見て幽斎公のおひけをは
ちんちろりんとひねりあけといはれしに我藩の新納武蔵
忠元つけらるはなのあたりにすゝむしそなく
弘賢曰これによりて考ふるに天正の頃まてはちんちろりんとなくをす
すむしといひしをあきらかなり
かくれんほといふ小唄 京師にて近世 云夜るはまつむしちん
つくるところ
ちろり 弘賢曰これによれは京にても慶長以後はチンチロリンとなくをま
つむしといふ人もあることあきらかなり
釈名
まつむし蟋蟀の一種なり古今和歌集及び古今六帖にのするところのうた
のなくをまつとつく□忠岑ぬしの和歌の序に月まつむしとつゝ
けたるによれは鈴虫といへる義にやありけんきんの聲但しこれは延喜■の名
なり源氏物語の頃よりこなたは鈴ふる音に聞なして鈴むしと名をかく
□事上にみへたるかことししかれともそれは京都にてのことなり諸国は今に
これをまつむしといふ大和本草に云まつむしはきり〱すに似てひけあり弘賢
曰これチンチロリンとなくむし也或人曰忠岑ぬしのきんの聲にあやまつといひし
はリン〱となくはかなふへからん弘賢曰さにわあらしチンチロリンとなく聲は一律
にて鈴の音にこそ似たれ回伝せされは鈴の聲には似たるへくもなし又もろこ
し人も多く鈴に比したり明の高啓聞か蟋蟀賦に乱朱瑟之哀調と
いひ陸可教は匪伊絲竹自然宮商云々 又王嬙瑟琶夜奏といひたりこれ