千虫譜ウィキ - 原本B1-24


原本A

生物情報

カイコ

翻刻

桑葉舒暢スルヲ伺テ天気快霽ノ日早朝飯櫃ノ蓋ノ上ニ右ノ種紙ヲ攤安シ置ハ忽チ蚕
児蛻出モノナリ嫩桑葉ヲ新刀ニテ細剉シ掺置ハ蚕児上り附ヲ鳥翎ニテ拂落スヘシ長ス
ルニ随テ色変ス五六日ニ長二分餘ニナリツホム事アリ葉ヲ食ハス頭ヲ㪯テ眠ル状ノ如シ第一眠也
一昼夜ニシテ口ノ邊リヨリ裂テ漸ク旧皮ヲ蛻スキヌヲヌグト云色白ク美ナリ半身以下ハ葉ニツキ半
身以上ハ立テ暫ク動カスコレヲ起ト云是ヲ唐山ニテ一起ト云長サ三分許又九日ニシテ長サ四分許ナリ
リ眠起最初ノ如シ第ニ眠ナリ此時長サ四分餘又十四日ニシテ長サ七分餘ニナリ眠起スコレ第
三眠ナリ此時長サ八分許十九日ニ至テ長サ一寸ニ三分ニ至リ色白ク微黄ニシテ光アリ眠
起初ノ如シコレ第四眠ナリ唐山ニテ大眠又停眠トモ云此時長サ一寸四分許右ニ図スルカ
如シ廿七日ニ至テ長サ二寸三分許リ遍身青白ニシテ光アリ黄褐ノ細斑文アリ横文九節アリ
第一節ハ長ク頭小両眉ノ形アリ左右ニ小脚各三足赤褐色ナリ三節ノ上前方ニヨリテ
黒斑※(本文参照)如此紋印スルカ如クアリ六七節ノ下ニ左右ニ大脚各四足アリ端疣子ノ如クヒラタシ
シ九節ノ上ニ肉刺一起ス恰モ山薬蠋ノ刺ニ異ナラス尾ハ其端ワレテ扁ク両方ヨリ枝葉
ヲ挟ミシガム事脚ノ如ク働ヲナスニハナレズ微ク毛茸アリ但雄ナル者形色如此其雌ナル者ハ微
ク短クフトメニシテ色暗ニ斑紋分明ナラス尾ハ其端是其盛長ノ極ニ至ル者ナリ桑葉
厚硬深缺ノモノヲ連朶ニテ其上ニ蓋ヒ置ハ忽ニ移テ暫時ニ蝕尽ス其葉ヲ咬音風雨
此時十分ニ盛ニ桑ヲ啖テ満腹ス故ニ肚内緑色外通徹シテ碧色ニ見ユ皮白クシテ
青色ノ上ニ白粉ヲ塗タルカ如シ其後頭ヲ挙テ絶
食ス喉下三節四節ト段々ニ透徹シメ琥珀色ナル
ヲヨクトリアゲ試ムルヲ喉アカルク腹アカルクナルト俗ニ
呼フ奥州ニテハ方言ヒキルト云其透明尾ニ至ルヲ
撰テ簇中ニ入ルヽ也其三分一モ黒処アルヲ入ルヽ
時ハ濁尿ヲ瀉シテ繭ニ触レハ腐テアシヽト云ヘリ
唐山ニモ候ニ十蚕九老方ニ可入簇ニト云ヘリ簇トハ
枝又アル枝を束ネタルヲ入置キ上ニ稲草ヲ覆ヲ云
蚕ヲ此中に入レハ便チ糸ヲ吐キ枝又ニ掛テ糸ヲ造
ルコレヲ俗ニスガクと云繭ノ形を造リテ透徹シテ   □直
蚕ヲ見ルニ一昼夜ホトノ内一息ノ休ミナク身ヲ縮メ仰キ俯テ右往左往ニ糸ヲカクル事暫モ休

書き下し

現代語訳

桑の若葉がよく育つのを見て、天気快晴の日、早朝飯櫃のふたの上に右のタネガミを広げて置いておけば
たちまちカイコが卵からかえる。桑の若葉を新刀*1で細く刻みで置き、カイコがのぼってきたら*2鳥の羽
で払い落とすよう。大きくなるにつれ色が変わる。五六日で長さが二分*3あまりになり、ちぢまること
がある。葉を食わず、頭を上げて眠るようになる。これは第一眠という。一昼夜して、口のあたりが
裂けてようやく古い皮から脱皮する。キヌを脱ぐという。色が白く美しい。半身以下
は葉について、半身以上は立って暫く動かない事がある。これを起という。これを中国では一
記という。長さ三分*4ほど、また九日もすると長さ四分*5になり最初の様に眠起する。
第二眠である。此時長さ四分約*6ほどで、また十四日して長さ七分*7になり眠起する。
これが第三眠である。この時長さ八分ばかり*8十九日になって長さ一寸ニ三分*9になり、
色白くかすかに黄色く光がある。初めのように眠起する。これが第四眠である。中国では
大眠また停眠ともいう。この時長さ一寸四分*10ばかり。右に図したように、二十七日に
なって、長さ二寸三分*11ぐらい全身青白くツヤがあり、黄褐色の細かい斑模様がある。
横九節あり、第一節は長く、頭上に両眉のような形があり、左右に小さな足が三対。
また、褐色の三節の上前の方によって、黒い斑模様(本文参照)如く紋を判でおしたようにある。六
七節の下に左右に大きな脚が各四対ある。端はイボのように平たく、九節の上に
肉の刺が一つある。まるでヤマイモの虫の刺*12のようである。尾*13は端がわれて
平たく両方より枝葉を挟みしがみつく様子は脚の働きをしているようで、はなれない。
短い毛が生えている。オスは色形はこのようであるが、雌は短く太めで色が暗く斑紋もはっきりしない。尾はその端である*14
もっとも大きく限界まで育ったものは、桑の葉の厚く堅く深くえぐれた物の連なる枝を
その上におおっておいておけば、たちまちうつって、すぐに食べつくす。その葉を咬む音は風雨が木の葉を
うつかのようだ。この時十分に桑を食って満腹する。故に腹の内の緑色がすけて
碧色にみえるが、皮が白くて青色の上に白い絵の具を塗ったように見える。その後頭を上げて
絶食する。喉下三四節とだんだんに透けていき、コハク色になるのを、よく取り上げて
ためすのを、喉あかるく、腹あかるくなると俗にいう。奥州*15ではひきるという。
その尾まで透明になったのをよりわけて、まぶしの中に入れる。その三分の一も黒い所があるのを*16
入れる時は濁った尿を出して繭につけば、腐ってよくないという。

漢文翻訳中

といっている。マブシとは又のある枝たばねたものを
入れて置き上を稲草でおおう
のをいう。*17蚕をこの中に入れれば、糸を
吐き枝又に掛けて糸を造る。これを俗に
スガクという。繭の形を造って透けて見える
蚕をみるに、一昼夜ほどのうちに一息の
休みもなく身を縮め、仰ぎ、
うつむいて、右往左往に糸をかける事
少しも休む(事がない――次ページに続く

備考

挿絵右上の文字読めず

幼虫の時からカイコの雌雄を判別する方法はあるが、
生殖腺を透かし見るという方法であり、
色や模様のの濃さや長さ太さで判別できるものではない。
故に俗信と見るべきだろう。
あるいは、次のページでも繭の形から性別を判断する
記載があるので、この個体差も品種として形質が
一定していない事をあらわしていると考えられる。